後にこのVTRを見て
オープニン
グはオリジナル曲の「ハリケーン」
をバックに78年後楽園球場でのオープニングと同様のスタートである。
オープンカーから必死にファンに答えようとする彼女らの想いは存分に感じることの出来るスタートだといえよう。デビューからず〜っと縁のあったI
Love How You Love Meを歌いながらステージへ。そこで本当のスタートは切られた・・・
「星から来た二人」ピンク・レディーの今までの出逢いを振り返るようにユニゾンで一生懸命歌うふたりを僕は感動の鼓動を唸らせながら耳の中を通過する。
「さよならピンク・レディー」そうだこれが現役最後なのだ・・そんな印象はあのOH!より星から来た二人の方がより心を揺さ振る気がした。
何度も練習したのだろうと思われるコメントのあと、ヒットメドレー。
ペッパー警部から渚のシンドバッドまでフルではなくメドレーで披露した。
どうでもいいようなお互いのソロの後、(どうせソロになるのにどうしてソロなの?と率直に思ったからです。)B面メドレー、モンスター、透明人間、カメレ
オン・アーミーと続く。
その後はお決まり全盛期のメガヒット連発ウォンテッド、UFO、サウスポー。
後半に入って、ピンク・タイフーン、Kiss in the dark、リメンバー、OH!そしてグッバイソングで終了。
何を歌うかというより、二人で演じるピンク・レディーというものに対して彼女らは必死に答えようと最後のステージでは懸命に歌い踊った。あのオーラという
ものはどこにも見当たらなかったが必死に最後の輝きを放とうと最後のパフォーマンスを見せる。
どしゃ降りの後楽園球場、ガラガラの客席、現実は傍目では厳しそうに見えるがデビューしてしばらくは誰もいないステージなどで歌ったこともある二人には幸
せ過ぎる4年7ヶ月であったことであろう。定員5万人の中に3万とされているが実際にはどれだけの人がピンク・レディーのお別れを見届けにきたか分らな
い。でも現場へ足を運べない我々全国のファンからすると5万人以上はゆうにいたと思うがハテ。
しかし、この時の無念な終わり方は20数年たって全国ツアーという形で報われた気がする。この時、完全燃焼していたらもう二度とピンク・レディーにはお目
にかかれなったかも知れないのだ。
ピンク・レディーのステージは面白い。これはやっぱりこの最後のコンサートでも分る。
だてに世界のエンターテイナーではありません。
というのも、ファンのノリが最高なのはやはりピンク・レディーのコンサートだからなのでしょう。
アンコール曲であのレイフの曲(関連記事はこ
こ)I Was Made for
Dncin'を歌いましたがディスコサウンドをこれだけかっこよくこなせるのはやっぱりピンク・レディーくらいなのですから・・・。
ピンク・レディー最後の時は、今も永遠に時間の経過を知らず進んでいっているのです。
帰国後、ニューシングル「世界英雄史」で起死回生を図るべく、解散を全面否定。
JAPAN TOUR TURNING POINTが開催された。
しかし、この時・・いやNBC出演時から解散の方向へ歯車が回っていたのではないかと思う。日本での人気下降に伴い与えられたアメリカ進出という奇跡のよ
うな仕事。2つのものは与えられない世の中において、日本でのブーム終焉のあと、彼女たちが果たすべく仕事はこのアメリカ進出であった。
しかし、ケイちゃんの自叙伝にもあるように、アメリカでの仕事に乗り気でなかったことから、残るは解散だけだったのである。
今、振り返るとそんな気がする。だから解散宣言のとき、「やり終えた・・」というコメントは適当だったのだと思う。